作業記憶(ワーキングメモリ)とは何か?
作業記憶(ワーキングメモリ)とは作業や動作に必要な情報を一時的に記憶する脳の働きのことです。その特徴を見ていきましょう。
作業記憶の容量はどれくらい?
作業記憶の容量がどの程度なのかは、長い歴史の中で研究者の関心の対象となっていました。そして、文字列にすると7±2文字程度、つまり電話番号程度の長さを暗記できるのが一般的な容量だと言われています。しかし、作業記憶は定量的に測定するのが難しいうえ、個人差も大きいことから確実な答えは出ていません。
そもそも、どのようなモデルを作業記憶とするかについても1つの明確な答えが出ているわけではありません。たとえば、BaddeleyとHitchのモデルでは、以下の3つから構築される一連のシステムを作業記憶としています。
・視空間スケッチパッド:視覚情報を保持 ・中央実行系:注意の制御 ・音韻ループ:聴覚情報を保持
このモデルでは、視覚情報と聴覚情報が別の機能によって保持されることを示しています。電話番号の記憶には音韻ループの機能を使うことになり、作業記憶全般の容量を使うわけではありません。一口に作業記憶といっても、それは1つの能力ではなく、脳の複雑な処理の組み合わせによって生じているのです。
参考:https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/40219/1/109_004.pdf
作業記憶の持続時間はどれくらい?
作業記憶は短期的にしか記憶されないもので、一般的には10秒程度と言われています。なぜこれほど短期時間しか記憶出来ないのかというと、そもそもそれ以上の時間記憶する必要性がないからです。
たとえば、電話番号を見て、それをスマートフォンの画面に打ち込んで電話をかける場面を考えましょう。この場合、紙を見て番号を一時的に頭の中に入れ、それを画面に打ち込むという記憶のプロセスが行われます。その時間はわずか数秒程度です。一度打ち込んだ文字は完全に忘れても差し支えないため、すぐに忘却するようになっています。もっと長く覚えておこうと思ったら、何度も声に出して読んだり集中力を費やしたりして、記憶を長期記憶に変えなければなりません。
作業記憶と短期記憶の違いとは?
短期記憶とは、保持する時間の長さによって記憶を分類した際、数十秒程度しか保持されない記憶を指す言葉です。あくまで記憶される時間に基づいた分類のため、その記憶がどのような形で使われるのかは関係ありません。
一方、作業記憶とは特定の作業が完了するまでの短期間しか保存されない記憶のことです。記憶される時間そのものではなく、それが作業に用いられるという側面にフォーカスした際の分類です。短時間しか保存されない点では短期記憶と同じであるため、両者をあまり区別せずに考えることもあります。
作業記憶と長期記憶の関係
先述したとおり、記憶が保持される時間に基づいた分類に短期記憶があります。これとは反対に、長期間保存される記憶を長期記憶と言います。数秒や数分ではなく、数年単位で脳に保持される記憶です。
短期記憶(作業記憶)と長期記憶の間では 情報がやり取りされています。長期記憶に保存されている情報は短期記憶としても処理しやすくなりますし、短期記憶として繰り返し覚えた者は長期記憶に移行します。
作業記憶(ワーキングメモリ)の実験例
続いて、作業記憶(ワーキングメモリ)にまつわる実験を紹介します。
脳波と作業記憶の関係を調べる実験
異なる役割を担う脳領域の脳波が同期した際、作業記憶の能力が高まる可能性は以前から示唆されていました。外部から電気刺激を与え、脳波のリズムを操作して適切な波を維持すれば、作業記憶のパフォーマンスが向上するのです。
これについて、インペリアル・カレッジ・ロンドンの神経学者が率いるチームが実験を実施。作業記憶に関係することが知られている中前頭回と下頭頂小葉をシータ波の電流で刺激しました。
結果として、これら両領域の脳波がシンクロした際、被験者は高いパフォーマンスを発揮。今後は、この知見を脳に損傷を持つ人々の治療に活かすことを目標にしていると言います。
参考:https://wired.jp/2017/05/15/working-memory/
指先の動きと作業記憶の関係
ピアノのように指先を動かす音楽演奏では、記憶力が高まる可能性が認められていました。これを確認するために、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科が実験を実施。リズムを付けて指を動かす運動により、作業記憶のパフォーマンスがどのように変化するかを調べました。
結果として、2対1のリズムで指を動かした時にもっともパフォーマンスが高くなりました。あまりに複雑なリズムではかえってパフォーマンスが下がったことから、適度な難易度のものがもっとも高い効果をもたらすと考えられます。
参考:https://jsai.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_uri&item_id=10242&file_id=1&file_no=1
作業記憶(ワーキングメモリ)は加齢により衰えるって本当?
作業記憶は年を取ると衰えるとされています。認知と運動を同時に行う認知課題を高齢者に課し、その成績を分析すると、若年者と比較して速度に大きな低下が生じます。また、言語処理や潜在記憶のような、自動的な処理についてもパフォーマンスの低下が認められています。
このような、加齢による作業記憶能力の低下の要因としては、妨害による影響を受けやすくなっていることが上げられます。もともと作業記憶は、妨害によって忘れやすい記憶です。たとえば、電話番号を覚えようとしているときに、横から別の番号の羅列が聞こえてきたら、途端に自分の覚えた番号が分からなくなることがあります。このような妨害を、高齢になるにつれて受けやすくなってしまうのです。
参考:https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/52/3/52_276/_pdf/-char/ja
作業記憶(ワーキングメモリ)の鍛え方とは?
年を取ると衰えてしまうからと言って、改善方法がないわけではありません。医学的に確実な根拠が認められているわけではありませんが、効果が期待できる方法を紹介します。
気分を明るく保つ
トレーニング方法というと語弊があるかもしれませんが、作業記憶に限らず脳のパフォーマンスを高めるうえで有効とされている方法です。
気分と脳の関係は、さまざまな研究によって調べられてきました。そして、明るく楽しい気分である方が脳のパフォーマンスが高くなるとされています。辛く苦しい気分の時よりも、明るい気分のときの方がクリアに物事を考えられるというのは、多くの人が実感できることではないでしょうか。
デュアルタスクを行う
デュアルタスクとは、運動と知的活動を同時に行うことです。たとえば、歩きながら暗算をしたり、料理をしながらその日の出来事を思い出したり作業を指します。
もともと、運動は脳のパフォーマンスを高めるとされています。それと組み合わせて知的活動も行うことで、パフォーマンスを総合的に高められるかもしれません。
普段しないことをする
毎日同じようなことばかりをしていると、作業記憶が働く機会が少なくなります。わざわざ作業記憶の能力を使って物事を覚えなくても、長期記憶に保存されている知識で事足りてしまうからです。
そのため、作業記憶を鍛えたいのなら普段しないことにチャレンジするのが有効です。知らない場所に行ってみたり、新しい趣味を始めて見たりと、頭を使うことにチャレンジしましょう。
充分な睡眠を取る
睡眠が脳のパフォーマンスの大きな影響を及ぼすことはよく知られているとおりです。現代人は睡眠不足に陥りがちで、それが作業記憶の低下を招いている可能性が考えられます。
自分では気づいていなくても、睡眠不足のせいでパフォーマンスが下がっていることは多々あります。一日の睡眠時間は7時間程度が理想とされているため、これに満たない人は一度自分の生活を見直してみましょう。
情報を取り込みすぎない
たくさんの情報を処理する訓練をした方が、作業記憶を鍛えられるのではないかと考える人は多いでしょう。しかし、溢れかえるような情報に晒されていると、むしろ脳のパフォーマンスが下がる可能性も示唆されています。
昨今はスマートフォンのおかげで、簡単に情報を入手できるようになりました。しかし、受動的に情報を受け取るばかりで、それを使って作業する時間はむしろ減少しています。情報の取得ばかりに力を使ってしまい、作業記憶が鍛えられないのです。
そのため、時には頭をクリアすることも大切です。余計な情報は遮断して、興味のある1つの物事をじっくり追求するような時間を設けましょう。
情報を外に出す
前述したことと関係しますが、頭の中に入れた情報を外に出すのも作業記憶を有効活用するのに有効です。
これまで紹介してきたように、作業記憶には限界があります。いくら鍛えても、無尽蔵に物を記憶できるようになるわけではありません。そのため、鍛えるという発想だけでなく、限られたリソースを有効活用することも考える必要があります。
そのうえで、余計な情報を外に出すというのは有効な対処法です。紙やスマホにこまめにメモをとることで、作業記憶として覚えておかなければならない物事を減らしましょう。
まとめ
作業記憶は、作業をするために一時的に情報を保持し、それを活用する能力のことです。まだまだ分からないことも多く、さまざまな研究者が研究を進めています。 一般的に加齢によって衰えるとされています。しかし、積極的に頭を使う練習をしたり、反対に充分な休息を取ったり、あるいは限られた能力を有効活用する工夫をしたりすることで作業記憶を最大限に活かせるようになります。自分の脳に秘められた力を知り、上手に使いこなしましょう。