立教大学の歴史|創立150年とキャンパス・学部の歩み
立教大学は1874年(明治7年)に創設された歴史の深い大学であり
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立教大学は1874年、アメリカ聖公会の宣教師ウィリアムズ主教が東京築地に開いた私塾「立教学校」を起点とします。1907年に立教大学と改称し、1918年に池袋へ移転。2024年に創立150周年を迎えました。
2026年9月時点の情報です。
歴史をたどると、立教大学が大切にしてきた学びの方針が見えてきます。学部の成り立ちや建学の精神は、志望理由を組み立てるときの手がかりにもなります。
立教大学の歴史を徹底解説
立教大学の歴史は、宣教師が開いた小さな私塾から始まります。設立の経緯と創設者から確認します。
立教大学の設立年・創設者
立教大学は1874年(明治7年)、アメリカ聖公会の宣教師であるチャニング・ムーア・ウィリアムズ主教により創立されました。聖公会は、イギリス国教会の流れをくむキリスト教の教派です。
もともとは東京築地にあった外国人居留地で、聖書と英学を教える私塾「立教学校」として開校しています。わずか数人の生徒で始まった小さな学校が立教大学のルーツであり、出発点は個人塾でした。
立教大学の設立の背景
設立の背景には、日本に対するキリスト教の宣教勧告と学校開設の推奨があります。
マシュー・ペリーが黒船で来航したことをきっかけに、アメリカ総領事館(当時の領事はタウンゼント・ハリス)の活動が活発化し、日本人にキリスト教を広める意義が説かれました。1859年にはプロテスタント初となるミッション系学校が長崎に開校され、キリスト教の伝道と学校開設が盛んになるきっかけとなっています。
幕末から明治にかけて日本とアメリカの交流が盛んになり、まだ見ぬ文化に対するニーズや宣教の目的が広がったことに影響して、「立教学校」が建てられました。
創設から受け継がれる特徴
宣教師によって創立されたという出発点は、現代の立教大学にも残っています。代表的なものを2つ挙げます。
建学の精神
立教大学は「自由の学府」であるという建学の精神を、創立時から変えていません。校歌にも歌われています。
「PRO DEO ET PATRIA(神と国とのために)」というキリスト教の教えがアカデミック・ポリシーに反映され、オフィシャル・シンボルマークである楯にも表れています。さまざまな部分で、創立当時から続く想いに触れることができます。建学の精神を知ることは、志望理由を書くうえで手がかりになります。建学の精神はアカデミック・ポリシーやシンボルマークにも反映されているためです。
学問としてのキリスト教を追求する
立教大学はキリスト教系大学として知られ、現在も文学部にキリスト教を専攻できる学科が置かれています。
この学科は、多くのキリスト教系大学にあるような聖職者の育成を目的としたものではありません。学問としてキリスト教の特徴や多宗派との違いを明らかにする学科である点が特徴です。聖書学はもちろん、キリスト教芸術から倫理学まで、キリスト教に関する広範な領域をカバーできます。
そのため、立教大学文学部のキリスト教専攻では、洗礼の有無にかかわらず入学することができます。聖職者の育成ではなく、学問としてキリスト教を研究する学科として置かれているためです。世界の文化・思想・芸術を多方面から分析する視点を養う場として、今も多くの卒業生を輩出し続けています。
立教大学のキャンパスの歴史を解説
立教大学のキャンパスは、当初から池袋にあったわけではありません。出発点は築地です。
設立当初のキャンパスは築地キャンパス
設立当初の立教学校は築地にありました。外国人居留地が築地にあったことが要因で、学校だけでなく教会・病院を含むカレッジ型のキャンパスとして生まれています。
その後、拡張計画を踏まえて新たに築地で土地を購入し、改称後の立教大学校・聖三一大聖堂などを建設しました。学問の神様で有名な湯島に設立された立教女学校も同じころ築地に移転し、聖公会の拠点を増やすきっかけとなりました。大隈重信など歴史上の人物も尽力し、最終的に築地居留地全体の22%を占める大規模キャンパスに成長しています。
1918年に池袋キャンパスへ移転
1907年に立教大学として文部大臣から設立の許可を受け改称したあと、1918年に池袋へキャンパスを移転させています。
移転の翌年には本館・図書館・寄宿舎(現在の2号館および3号館)・食堂が作られ、池袋キャンパスとしての歩みを始めました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1859年 | プロテスタント初のミッション系学校が長崎に開校 |
| 1874年 | 築地の外国人居留地に私塾「立教学校」開校 |
| 1907年 | 文部大臣から設立の許可を受け、立教大学に改称 |
| 1918年 | 池袋へキャンパス移転 |
| 移転の翌年 | 本館・図書館・寄宿舎・食堂が完成 |
| 1922年 | 大学令による大学として認可 |
| 1949年 | 新制大学として認可 |
| 1990年 | 新座キャンパス開設 |
| 2024年 | 創立150周年 |
大学令は、旧制で大学の設置を定めた法令です。
立教大学の歴史を学部ごとに紹介
学部の歴史をたどると、商科と文学部が古い源流であることが分かります。まず全体像を整理します。
| 学部 | 源流と主な沿革 |
|---|---|
| 文学部 | 1907年の専門学校令に合わせて文学部の名称に。2006年度に改編 |
| 経済学部 | 1907年の商科が源流。1924年に商学部経済学科、1931年に経済学部として独立 |
| 経営学部 | 1907年の商科が源流。経済学部経営学科から2006年に独立 |
| 理学部 | 1944年の立教理科専門学校が前身。1948年に理学部へ |
| 社会学部 | 1949年の文学部社会学科から、1958年に社会学部設置 |
| 法学部 | 1959年設置 |
| 観光学部 | 1998年設置(社会学部観光学科から独立) |
| コミュニティ福祉学部 | 1998年設置 |
| 現代心理学部 | 2006年設置 |
| 異文化コミュニケーション学部 | 2008年設置 |
専門学校令は、旧制で専門学校の設置を定めた法令です。
文学部の歴史
文学部は創立からの流れを長く汲み続けており、キリスト教を専門に学べる学科がある学部として知られています。
文学部という名称になったのは1907年の専門学校令に合わせてのことですが、実情は創立期から存在していた学部だと言えます。英米文学に関する研究も盛んで「草分け的存在」と位置づけており、指導教員・蔵書とも充実しています。2006年度には改編がおこなわれ、キリスト教学科・文学科・史学科・教育学科の4学科になりました。
経営学部の歴史
現在の経営学部は、1907年に設置された商科を源流としています。
のちに経済学部経営学科となり、社会学部産業関係学科と併合して2006年に経営学部として独立しました。「経営学部」という名称自体は新しいものの、学びの源流は古くから受け継がれています。現在は専門科目の70%を英語でおこなう国際経営学科などが注目を集め、ビジネスの素養と英語力を同時に養う授業として話題になることが多いです。
経済学部の歴史
経済学部も、経営学部と同じく1907年の商科をルーツとしています。
1924年に商学部経済学科として設置された後、1931年に経済学部として独立しました。当初からあった学科は経済学科と経営学科です。2002年に会計ファイナンス学科が設置され、2006年には経営学科が経営学部として独立しています。
理学部の歴史
理学部の前身は、1944年に設置された「立教理科専門学校」です。
その後、名称を「立教工業理科専門学校」に変え、1948年に現在の理学部として生まれ変わりました。1949年の新制大学認可のころには聖路加病院と合併し医学部の開設が予定されており、理学部はその前段階に当たる学部として作られています。聖路加病院がGHQの接収を受けていたことなどを要因として医学部の創設は実現しませんでしたが、理学部は現在でも立教大学唯一の理系学部として存在し続けています。
社会学部の歴史
社会学部は、1949年に文学部社会学科として設立されたことをきっかけに生まれた学部です。
1958年に社会学部が設置され、文学部社会学科は廃止されました。もともとは社会学部観光学科がありましたが、観光学部の設置によりこちらも廃止されています。
法学部の歴史
1959年に設置された、立教大学の中では比較的新しい学部です。
法学部設置の目的は「平和と秩序の叡智を備えること」であり、当初は法学科のみの設置でした。2004年には法務研究科が設置されて大学院進学の道が開け、のちに法曹コースができるなど徐々に規模を拡大しています。
観光学部の歴史
観光学部は社会学部観光学科から独立して生まれた学部であり、1998年に誕生しています。
現存する日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」の当時の経営者・金谷善一郎が通ったことでも知られ、観光学部という名称になる以前から日本の観光を支える基礎を築いてきました。その後、「ホテル講座」「ホテル・観光コース」などの設置を経て、今の形になりました。
コミュニティ福祉学部の歴史
コミュニティ福祉学部は、1998年の観光学部設立と同時に開講されています。
1990年に新座キャンパスができて少し経ってからの設置であり、キャンパスの賑わいに貢献しました。
現代心理学部の歴史
現代心理学部は、2006年に設置された新しい学部です。当初から心理学科と映像身体学科を置いており、現在も設置当初と変わらない構成で運営されています。
異文化コミュニケーション学部の歴史
異文化コミュニケーション学部は立教大学のなかで最も新しい学部であり、2008年に設置されています。新しい学部でありながら、学内でも偏差値が高い人気学部として成長しています。
FAST-UPが見てきた立教大学志望者のつまずき
指導現場で多いのは、学部名のイメージだけで志望先を決めてしまうケースです。立教大学は経営学部のように名称が新しくても源流が古い学部があり、逆に社会学部のように学科の統廃合を重ねてきた学部もあります。名称だけでは学べる内容を判断しにくい構造です。
もう一つのつまずきは、歴史や建学の精神を調べた段階で満足してしまうことです。歴史の理解は志望理由や面接の言葉を具体的にしますが、一般入試の得点に直結する部分ではありません。学部ごとの出題傾向や選択科目の可否を早い段階で確認しておくと、調べた内容が無駄になりません。選択科目の扱いは立教大学の地理受験は可能?入試傾向と対策で整理しています。
学部間の人気の差が気になる場合は、他大学の例も参考になります。中央大学の人気学部と学部序列の見方では、学部ごとの人気が動く背景を扱っています。
よくある間違い
キリスト教学科を「信者でなければ入学できない学科」と思い込み、志望先の候補から外してしまう誤解です。立教大学文学部のキリスト教専攻は、学問としてキリスト教を研究する学科であり、洗礼の有無を入学の条件としていません。
回避策は、学科名の印象で判断せず、カリキュラムや研究領域を確認することです。聖書学からキリスト教芸術、倫理学までを扱うため、宗教そのものより文化・思想・芸術に関心がある場合でも学びが噛み合います。
よくある質問
Q. 立教大学の創設者は誰ですか。 A. アメリカ聖公会の宣教師、チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教です。1874年に東京築地の外国人居留地で、聖書と英学を教える私塾「立教学校」として開校しました。
Q. 池袋キャンパスはいつからありますか。 A. 1918年です。1907年に立教大学として設立の許可を受けて改称し、その後に築地から池袋へ移転しました。移転の翌年に本館・図書館・寄宿舎・食堂が建てられています。
Q. 立教大学で最も新しい学部と、最も古い源流を持つ学部はどこですか。 A. 最も新しいのは2008年設置の異文化コミュニケーション学部です。古い源流を持つのは、創立期から実質的に存在していた文学部と、1907年の商科を源流とする経済学部・経営学部です。
Q. 立教大学に理系学部はありますか。 A. 理学部があります。1944年設置の立教理科専門学校を前身とし、1948年に理学部となりました。現在も立教大学で唯一の理系学部です。


